不満足な豚の話と東大総長

http://d.hatena.ne.jp/inouetaichi/20050829

精神的に充足しているかどうかが最も重要であって、何者であるかは問題ではないよ。
もし豚が自分が豚であることに満足しているのであればそれはとても幸せだと思う。

J.S.ミルが元ネタとは知らなくて、これって東大総長の話じゃなかったっけ?と「痩せたソクラテス」で検索すると
http://www.ffortune.net/social/seso/nihon-today/socrates1964.htm

1964年3月28日、東京大学の卒業式が行われ、大河内一男総長が卒業生に贈る
ことばの中で「太った豚より痩せたソクラテスになれ」と訓辞しました。

。。。。と書きたい所なのですが、実は大河内総長はこれを言っていません。

マジかよ!!衝撃の事実!!


んでJ.S.ミルはwikiによると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AB

簡単に述べると、ミルの功利主義は、快楽に(ベンサムが唱えた量的なものよりも)質的な差異をみとめ精神的な快楽に重きを置いた。それは次のミルの有名な言葉で表されている:「満足した豚よりも不満足な人間である方が、また満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい」(『功利主義』第二章)。

なるほど。量的快楽主義者=豚、質的快楽主義者=人間って事かな?んで質にも格差があって、より高い質の快楽を求めろって感じ?あとこれとか。
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~suchii/util&pref.html

質の高低を言おうとするこの議論にはもちろん問題があり、わたしはミルの質の区別を擁護しようとするつもりではない。

この辺inouetaichiと同意見っぽい。


で、俺が連想した東大総長の話は「良質な快楽を求めよ」って抽象的な話じゃなくて単に「知的であれ!金より知ですよ諸君」というメッセージだろうから、似てるようでちょっと違うか。しかし、じゃあこの国が現在ソクラテスの道を極めんとする人達にとって恵まれた国かと考えると、博士の8%が行方不明または死亡という現状を思い出してまたちょっと暗澹たる気分になるのだ。
http://www.geocities.jp/dondokodon41412002/
博士(はくし)が100にんいるむら


つうか、俺はたまにこの腐れ脳ミソが焼き切れそうになると「アリになりたい」とか「ミジンコになりたい」とか「やっぱケンミジンコの方がカッコいい」とか思うわけだが、やっぱあれこれ思考できる人間に生まれて良かったと思う。俺はもっと世界を、事実を、人間を知りたい!(こんな事書くとまた暫退の空白あたりから「オトコノコだなぁ」と嘲笑されそうだが!)
全然まとまらなかったな。誰のせい?それはあれだ、夏のせい〜