ダメ、ゼッタイ

年令より遥かに老けて見える容貌とボロボロに欠けた歯は、覚せい剤に長い間侵され続けてきた生活を物語っているようであった。ほんの数分前、近くの公衆便所で覚せい剤を爪の間に打ってきたばかりだという彼女は、体を小刻みに動かしながら一気に喋り出した。

「そらな、切らなアカンと思う時もあるで……。
そいでもな、ハッと気が付いたら、知らんうちに持ってんねん。
そうか、そんなにシャブ(覚せい剤)が欲しいんか、ヨーシええだろう、エネルギーや、ガソリンや言うてな。
カッパえびせんや、やめられへんのや……。
今日日シャブや言うて別に珍しゅうもないで。
ぎょうさんいっとりますがなシャブ。うっとこのお客さんな、この辺りの人だけとちゃいまっせ。いつも正一(一グラム入り)引いていくおっちゃん、静岡やしな、四国、九州からもな。
安いねん、ここ。特にうっとこはな。
学校の先生もおる、中学生もおる、夫婦もんもおるで。お互いに知らんのや、やってることな。いわんといてや言うて、おばはんが帰った後に、おっちゃんが、お母ちゃんには内証やで言うて引いてくわ。
一遍、もめさせたろうか思うとるけどな。毎月一〇ずつ引いてく土建会社の社長さん、若い衆にみんなやるねんて。
朝一発! ホラ元気よく又一発! やて、怖いワもう。こんなやで。
売する(密売する)だけやったら、こんな儲かるもン他にあらんやろ。
一年に、二、三千万円は残せる、現に残した人多いんやもん。
ただ、自分が行って(自分でも打って)売したらアカン。
何も残らんワ。
売してるとこ? 阿呆か!
しゃあけどな、うちの立場考えたらな、やっぱりある程度言うてもええけどな、ある程度言うたら命取りいう事もあるやん。
あのな、……止めとこ。ほんまの事言うたら目エまわすワ。(沈黙)
言うたろか、この店あるやろ、ここから一分の所に先ず一軒あるワ。
三分やったら、二、三軒回れんのとちゃう。タチウリちゅうのも、ございますのヨ。
煙草のサラピンな、ここんとこ(底の部分を指して)切って詰めて、糊で貼って、道に立っとってな、パッと渡す。
それで終いや。
セロハン切ったらアカンデ。
ピンセットで少しずつはがして、又ピタッと貼ったらわからん。
パクられた場合でも、ポリは封切って、よう開けへんよってナ。
そんなややこし事せんでも、ハイどうぞ、おおっぴらにやってる奴多いけど。
うっとこはやらん。しょうもない。
でもな、シャブをワシから切れちゅうたら死ねちゅうのと同じやちゅうのや。
切れ目なしや、七年間。
一日、四万から五万のシャブを自分の体の中に流しとるな、四万から五万。
そら、呼んでる呼んでる(幻聴が生じる)ちゅう事になるワどうしたって。
こないだもな、猫と長い事喋ってんねん。
猫がな、ウンウンとこないに(頷づく*1真似をして)しよるからな、それ見てるうちに、ハハーンこいつ全部うちの独り言わかってんのや思うてな。いろいろ言うねんその猫も。
後で気がついたらアホらしなったワもう。(辺りを気にする様子もなく大声で喋る彼女に、顔見知りらしい男が『そない行っとったら、死ぬでそのうち…』と声をかけた)
そや、それを言いなッて。気ィ落とすワ。政やろ、信子、駒井の信ちゃん、ガタロ姉さんな、それに……(と指折り数える)ここんとこ、たて続けや!
次はワシの番や……。」

それっきり押し黙ったまま、ガラス越しの外に目を据え、彼女は口を開こうとしなかった。その暗い眼差は、まだ幼かった少女がここに至るまでの長い陰惨な月日の上を、あてどなくさ迷っているようであった。

恐怖の覚せい剤―西日本からの報告

恐怖の覚せい剤―西日本からの報告