めまいと文明

んで石田未来はどこ行ったんだよ

めまいと文明 元島根医科大学学長 檜 學

 人間には、自然の中に生まれ、育つという基本的条件がある。一方、文明の本質は反自然である。
 さて、現代文明の特徴の一つに乗物の発達がある。人は乗物を利用し、人力では及ばない遠距離を、短時間でカバーすることに成功した。このことが文明化に計り知れない貢献をなしていることはいうまでもない。ところで、先にものべたように、人は生態系に適応するように心身が特徴付けられている。したがって、反自然的性格の乗物には不適応症状が起こる。すなわち、乗物酔いが出現する。また乗物とり分け自動車は酔いだけではなく、交通外傷という招かざる客をもたらす。それ故の死者は年毎に増加し、その後遺症は死者の数をはるかに上回る。そして、外傷後遺症の中にめまいの症状がある。
 都市化という文明現象は人間社会を競争社会とした。その中での心理的ストレスは、心身症神経症うつ病を多発させる。それらの病気の症状にめまいが含まれる。またメニエール病は都市化と密接に関係するが、その主症状の一つはめまいである。
 まだある。都市化は人間のライフスタイルを変え、その結果身長の急速な増大が起こる。それ自体は望ましいことであるが、それに伴う重心の急速な高位化が、病気を引き起こす。すなわち、脊柱側彎症が発症する。この病気の真の原因は不明であるが、急速な身長の増大が、その発症と進展に関与することについては多くの証拠がある。そして、この病気の主症状の一つに平衡失調がある。
 さて、人類の抗い難い衝動の一つは、天空での自由な飛翔であった。それが航空機を生むことになり、100年をみたずしてジェット機を出現させた。かくして、空酔いが始まる。そして、人類は遂に重力の軛を断って宇宙空間に進出し、月面に立つことに成功した。このことは人類のなしとげた偉業である。しかし、その副産物として宇宙酔いに直面した。つまり、宇宙酔いは現代が生んだ尖端的文明現象である。
 このような事柄を見ると、文明とめまいは切り離せない関係にある。したがって、めまいの抜本的解決は、広くいえば、文明の型の変革に求められる。ところで、現代文明の本質は、それが科学技術を基とすることにある。
 そして、科学技術の特徴はそれがもつ過剰な鋭利さである。したがって、現代文明の型の変革は、科学技術の鋭利さに和らぎを付け加えることで成就する。それが成就すると、文明の型は ego-action 的なものより、eco-action 的なものに変容する筈である。そして、そのような社会では、心理的ストレスは減少し、それに由るめまいは減退する筈である。
 ところで、めまいにはそれと裏腹な面がある。すなわち、快感を伴う面がある。「ゆりかご」にはじまり、自転車、自動車では、その際の受動運動によって快適なめまい(快めまい)も起こりうる。現在では、ジェットコースターによる強烈なめまい感さえも人々は快感として享受する。かくして、遊びの中にめまいが大幅に参加することになり、めまいは医学のみならず、心理学、文学、芸術とも関係を強化する。ところで、大掛りなめまい発生装置は18世紀産業革命の所産であるという。つまり、快めまいは技術文明と関係がある。したがって、めまいは文明が産んだ不都合なものであり、唯々憎しと考えるのは不公平である。
 将来、快めまい、不快めまいの仕組みがわかり、かつ後者の前者への転移の方法が明らかとなるなら、医学のみならず、他の学問分野や社会の様々な領域に計り知れない影響がもたらされることになろう。それは只今の処夢物語りである。しかし、それを正夢とする努力は、人間の心理を変え、ひいては新しい文明創出の鍵となる可能性さえある。このことは、めまい研究者にとって大きなはげみとなることと思う。

「イラスト」めまいの検査
日本平神経科学会編


感銘を受けたのかメモ帳に残っていたから転載。